最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)413号 判決 1969年11月06日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人諌山博の上告理由第一点および第九点について。
借地上にある家屋の賃借人が借家契約のみにもとづきその敷地部分を直接または間接に適法に占有しうる権原は、もつぱら右家屋の所有者が借地の所有者との間に締結した借地契約にもとづきその借地を適法に占有しうる権原に依存しているのであるから、その借地契約が借地人の賃料不払を理由として有効に解除され、借地人が右借地を適法に占有しうる権原を喪失するに至つた場合には、右家屋の賃借人は、同人自身の家屋ないしその敷地部分の占有については何らの非難されるべき落度がなかつたとしても、その敷地部分を適法に占有しうる権原を当然に喪失し、右借地の所有者に対して、その家屋から退去してその敷地部分を明け渡すべき義務を負うに至るものといわざるをえない。以上と同旨の見解に立つて、被上告人の本訴請求を認容し、上告人に対して本件家屋部分からの退去およびその敷地たる本件土地の明渡を命じた原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。したがつてまた、その違法の存在を前提とするものと解される所論違憲の主張も不適法である。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点および第三点について。
借地上にある家屋の賃借人がその家屋について工事を施したことにもとづくその費用の償還請求権は、借地自体に関して生じた債権でもなければ、借地の所有者に対して取得した債権でもないから、借地の賃貸借契約が有効に解除された後、その借地の所有者が借家人に対して右家屋からの退去およびその敷地部分の明渡を求めた場合においては、その借家人には右費用の償還を受けるまでその家屋の敷地部分を留置しうる権利は認められない、との見解に立つて、上告人の所論の留置権にもとづく本件家屋部分からの退去拒絶の抗弁を排斥した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、したがつてまた、その違法の存在を前提とする所論違憲の主張も不適法である。論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張し、または、原判決の結論に影響のない問題について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第四点について。
原審の適法に確定した原判示の事実関係のもとにおいて、上告人は、おそくとも昭和四二年六月一四日以降、故意または過失により、本件土地のうち本件家屋の敷地部分を不法に占有して、被上告人の右敷地部分についての使用収益を妨げ、もつて、被上告人に対しその敷地部分の賃料額に相当する損害を蒙らせているものであるから、上告人は被上告人に対して右損害を賠償すべき義務がある、とした原審の認定判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
同第五点について。
原審の適法に確定した原判示の事実関係のもとにおいて、被上告人の上告人に対する本訴請求が権利の濫用にあたるとは認められない、とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の認定にそわない事実関係をも付加主張して原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第六点および第七点について。
原審は、上告人が、本件家屋の敷地部分を適法に占有しうる権原を喪失しているのにかかわらず、右家屋のうち一階の西側部分および二階の全部を占有することにより、右敷地部分全部を不法に占有し、被上告人の右敷地部分全部についての使用収益を妨げているとの事実を認定したうえ、それを前提として、上告人に対し右敷地部分全部についての賃料額に相当する損害の賠償を命じたものであつて、その判断は、正当として是認することができる。なお、被上告人が、右家屋の一階の東側部分を占有している原審相控訴人安岡次郎および右家屋の所有者である訴外林誓に対して、右家屋の敷地部分の不法占有による損害の賠償請求権を有するとしても、同人らからすでにその損害の賠償を受けている等の特別の事情の認められない本件においては、自らも何らの権原なく右敷地部分を不法に占有している上告人に対して、その不法占有による損害の賠償を請求することができないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難し、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
同第八点について。
上告人の以上の上告理由がいずれもその理由のない本件においては、訴訟費用の負担に関する原審の判断の当否に対しては不服の申立をすることが許されないものというべきである。したがつて、論旨は採用することができない。
上告人の上告理由について。
所論は、本件土地および家屋に関する上告人と被上告人との間の従来の交渉経過を述べるにすぎないものであつて、民訴法三九四条または同法三九五条所定の上告理由にはあたらない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩田 誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)